|||| 雑記帳
■ おいしい仕事 (2011.12.17[Sat])
知人の息子が引っ越しのアルバイトへ行った話を聞いた。公的施設での家具の移動らしいが、1時間ほどで終わった。しかしバイト代は1日分の8000円をもらったらしい。1時間8000円… “おいしい仕事”だ。
世の中には大なり小なりその“おいしい仕事”がいっぱいあるのだと思う。
目の前に“おいしい仕事”があれば、誰だって飛びつくだろう。
“おいしい仕事”を提供している人たちも、自分たちが働かず丸投げすればいいのだから楽だ。それも何度かの丸投げの後に実働する人達がいる。それに関わった人達がみんな楽な仕事をして儲けていることになる。
でも世の中にそんな人達(おいしい仕事をする人達)の割合が増えたらどうなるのか。
当然、社会はどんどん衰退していくんだろうなと思う。
あまり働かないでお金をもらう人ばかりになれば、国は借金まみれになるしかない。会社だったら倒産する。
一生懸命働いている人達から税金をたくさん集めるのも限界がある。「おいしい仕事をする人達」が増えれば増えるほどそうなってしまう。
じゃあ「おいしい仕事をする人達」を減らせばいいじゃないかと思うが、今の社会システムはそうなっていない。残念なことにそんな人達を減らせないシステムになっている。誰が悪いとかの問題じゃなくシステム自体がおかしい。
誰だって楽して暮らしたいと思うのは当然。
でも、やっぱり今のシステムを変えて行かなきゃいけないと思う。
そうじゃないと一生懸命働いている人が報われない。
一生懸命働いた人が報われる、そして働きたくても働けない人達が救われる、そんな世の中になって欲しいと思う。
■ 「カナダへシロクマを撮りに行くぞっ旅」 (2011.10.28[Fri])
今回の旅は「カナダへシロクマを撮りに行くぞっ旅」と命名。10月22日〜28日のスケジュールで行ってきた。成田→バンクーバー→ウィニペグ→チャーチルと乗り継ぐのだが、さすがに北へ向かう便は少ないようで、どうしてもウィニペグに1泊を挟まないといけない。だから7日間の旅といっても、移動時間と前後2泊は削られるから現地には正味3泊4日の旅。でもそれだけの価値がある旅だと思う。
野生の動物を見るというのは本来とても大変だけど、このチャーチルでは誰でも気軽に参加できる「バギーツアー」がある。
40人ほど乗れる巨大なバギーで草原(雪原)をゆっくりと“散歩”する。速度がほとんど歩く速度くらいだから本当に散歩という感じだ。人気のツアーで世界中からシロクマを始めとした野生動物を見るために人が集まってくる。
シロクマ(ホッキョクグマ)は海が凍る直前くらいに集まり始め、海が凍結すると北へ移動をする。そのためこれから海が凍結するまでが見学シーズン。
2日間をバギーツアーに充てたが、シロクマ、北極ギツネ、ライチョウ、シロフクロウなど、一通りの動物を見ることが出来た。ほとんどのシロクマは、バギーや人に対してはストレスを感じてないみたいで、ゆっくり近寄って行くとそのワイルドライフを目の前で見ることが出来る。
ツアーは通常1日かけて回るが、バギーの中にはストーブもあり、コーヒーなどのドリンク類、ランチなども用意されているし、トイレもある。
※興味のある方はこちらへ↓
http://www.tundrabuggy.com/
ま、そんなこんなで楽しい“写旅”だった。
さて次はどこへ行こうか、などと考えるだけでワクワクする。
■ ロラン島 (2011.9.20[Tue])
ドラマ「それでも、生きてゆく」が終わりすぐNHKの番組「地球イチバン」でデンマークへ。忙しい旅だったけど、楽しかった。自然エネルギー100%以上の島「ロラン島」は穏やかな時間が流れる素敵な場所。農業が主体の島だけど、その農業と風力発電などの自然エネルギーがとてもマッチしている。まるで農業を営むようにエネルギーを“収穫している”人達がそこにいた。自分で使う分は自分で、余ったらまわりの国に売ったり、水素などに変換して貯蔵するというように。まだまだ改善の余地はあるにせよ、彼らは確実に自分たちの未来像を描き、それに向かって進んでいる。
今回の旅の中で感じたことは、日本は「自然エネルギーへのシフトは可能」だということ。すでに日本はその技術を持っているはず。あとは俺たちがどう行動するかだけだと思う。
放射能汚染というリスクを背負いながら「有り余る」エネルギーを作り出して無駄に消費する社会を望むのか、できるだけ安心して暮らせる社会を目指すのか。
今、日本のほとんどの人がエネルギー政策の転換を望んでいるはず。社会を動かしている人達はそれを真摯に受け止め、自分の利益だけを考えず、今何をするべきなのかを真剣に考えて欲しいなと思う。あ、いや、考えている場合じゃない。すぐに行動して欲しいと思う。
あ、写真はスタッフが撮ってくれたロラン島での一コマ。小さく写っているのは俺!(笑)
■ あの頃SNSがあったら… (2011.8.6[Sat])
最近「あの頃SNSがあったら」とふと思うことがある。まだインターネット自体が世に普及していなかった時代。週刊誌に捏造記事を書かれた時もまったく反論できなかったあの頃。唯一ファンクラブ誌でのエッセイくらいしか反論の場所がなかった。どれだけ世の中が歪んで見えたことか。どれだけ腹黒い人が世の中には多いのかと思ったことか。人間不信に陥りふさぎ込んだ時期もあった。
あの頃SNSがあったら、もっと自分の気持ちや本当のことを世の中にダイレクトに伝えることが出来たのかもしれない。
それを考えると、今はいい時代になったとも思う。
ホームページ、ブログ、数々のSNS… 個人の意見を世の中に発信することがこんなに簡単な時代になるとはあの頃は誰も想像していなかった。
でも、気軽に発信できる反面、その気軽さが裏目に出ることもあると思う。
「友達に話しているかのような気軽さ」でのつぶやきが「公式見解」みたいな扱いを受けてしまうとツライだろうと思う。特に知名度の高い人は、その発言のすべてが公式見解として受け止められてしまう可能性が高い。
「そんなつもりで書いたわけじゃないのに」と思っても、その意見はインターネット上を一人歩きしてゆく。場合によってはそれが発信者の気持ちと大きくずれて拡がってゆく場合もあるだろう。
そういう意味では「気軽」なはずのSNSだけど、その人それぞれの立場によって「気軽」では済まされないこともあるのだなと思う。基本的には“公の場”であることを意識した方がいいのかもしれない。
まあでも、個人的には「気軽に楽しく日常生活を楽しく過ごすためのツール」という部分を大事にしたいなとは思っているが…。
■ 夕陽が好きなワケ (2011.7.14[Thu])
中学の時水泳部に入っていた。実はこの水泳部、プールがなかったため近くの市営プールを借りていた。しかも営業時間後からしか借りられなかったため、夕方5時くらいから夜の9時頃まで練習。当然日没の時間帯を挟んでの練習なので、毎日のように夕陽を見ながら泳いでいた。スタート台に立つと正面に夕陽が沈む。泳いでいても息継ぎをするたびに夕陽が視界に入る。日が沈んだ後も少しずつ変化していく空の色を見ながら泳いだ。そして夜になっても泳いだ。ナイターの設備がなかったので、真っ暗な中での練習。空がすっかり星空になるまでひたすら泳いだ。…夕陽が好きなのは、そんな経験があったからかも知れないなと思う。■ twitterとfacebook (2011.6.26[Sun])
twitterにfacebook、次々と新しいSNSに手を出し、多少混乱気味な日々だったけど、何となく見えてきた気がする。twitterでは「返信」か「リツィート」か、どうするか迷うことが多い。
1個人に対する返信でも、twitterの場合は常に公開されているし、それがタイムラインに流れることもあるので、話の流れがつかみにくいことも多々ある。
でも、facebookの場合は「何に対するコメントなのか」がはっきりしているのでわかりやすい。
話題のスピードを求めるならtwitter、話を深めるならfacebook、…そんな感じかな、今のところ。
そしてホームページの日記は、さらにそれを客観視して考える場所、という感じ。
「パソコン通信」時代と比べると技術革新のスピードは凄まじいものがあるが、決して振り回されないようにしたいと思う。どんなに技術が発達しても、それは人の心が豊かになるための道具でなけりゃいけない。
エネルギー問題も同じだと思う。
今の状況は人間が機械に振り回されている感じがする。
人の心が豊かになるためのシンプルな技術が今求められている気がする。
写真:与那国島の風力発電機
■ 雑感 (2011.6.9[Thu])
311の震災以来、すべての情報を疑ってかかる癖がついてしまった。情報がいつも錯綜していて何を信じていいのか分からなくなる。発表された数値が簡単に変更されたり。こうなってくると、自分で情報を集めて自分の判断で行動するしかないと思う。
特に放射能汚染は「今大丈夫」と言われても、1年、2年、10年、…というスタンスで考えたら「影響がない」と言い切れる人がどれだけいるだろう。インターネット上のデータを集めて見ればわかる。「安全」なんて言い切ることが出来ないことを。単に医療検診のための放射線被ばくであっても影響があるとするデータもあるくらいだからね。
http://www14.ocn.ne.jp/~manabe.s/
人それぞれいろんな考え方や事情や状況があるので「こうした方がいい」とか「こうするべきだ」という単純な言葉は言いたくないが、自分の判断で行動を起こせる人は起こした方がいいと思う。
津波が来たらほとんどの人は単純に逃げるだろう。それと同じで“放射能という津波”がジワジワと迫ってきているワケだからね。
今なお原発の事故現場で戦っている人達や、警戒区域で復興にあたっている方々には敬意を払うべきだが、避難や疎開した人達を責めることは出来ないと思う。特に妊婦の方や小さな子どもを持つ人達は。
国や行政も必死でやっているのかも知れないが、俺たちもただ受け身になるのではなく、今は自分の力で情報を集め、自分の判断で決めていくことが最大の対策なのかも知れない。
これ以上の不幸がみんなに訪れないことを心から祈っている。
■ 小田和正さんのライブコンサート (2011.6.8[Wed])
「永遠の少年が走り続けている」そんな印象だった小田和正さんのコンサート。
37年前にオフコースのファーストアルバムを買い、19年前に小田さん監督の映画「いつかどこかで」で主演した。そして今日、約15年ぶりくらいにお会いした小田さんは、相変わらず輝いていた。一歩一歩淡々と真面目に階段を登り続けてきた人の輝き。
あっち行き、こっち行き、そんな持続性のない自分の生き方が恥ずかしい。
多くの人達に生きるエネルギーを伝え続ける小田さんの歌が心にしみた夜だった。
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